『プレティ・ボイス』
















 「……」
ぴ。ぴ。二つまでボタンを押して、ため息。そうして、パチンと閉じてしまった。
 でもすぐにまた開く。ゆっくりと電話帳を開いてカナを入力して、…結局『発信』ボタンは押せなかった。
 握っているのは白い携帯電話。
 「…やっぱり……憶えてるわけ、無いかも…」
部屋の隅へ集めたクッションの山にうずまって、猫神さまを抱き締める。右手の中の携帯、その画面には、『小饂飩勇』の文字(そして番号)が躍っていた。



 もう二週間ほども前になる。出会い方こそ確かに一風変わったものではあったけれど、彼のしたことは結局ナンパ以外の何物でもない。なのになぜ自分が連絡を入れる気になったのか、入れる気でいるのか分からなかった。普段ならすぐに登録データも消してしまって、三日もすれば忘れるようなことのはずだ。なのに。
 携帯を見、ああそれにしても、と、またため息。
 せめてメールアドレスも教えてもらってあればよかった。ていうか最初は、どっちも交換、みたいなこと言ってたじゃないの、なんで忘れるの。電話は苦手。それだから私は今、三十分もこうして携帯を握りしめてぶつぶつ言っていなきゃいけないのよ。ああ馬鹿みたい。
「…やめよう、かな」
物憂げに画面を見つめて呟く。自分は『気が向いたら』としか言っていないのだ。こちらのことはそんなに喋らなかったし、ここで何もしなければ簡単に相手との縁は消えるだろう。
「……他にも、いっぱい…色んな人と、お喋りできそうな人、だったし……」
自分一人ぐらいナンパ失敗しても、痛くも痒くもない。そう、きっとそうだ。

 じゃあどうしてさっさと携帯を放り出してしまわないの?

 浮かんだ疑問符をぱぱっと首を横に振って払う。やめよう、もうやめてしまう、私にはこんなこと無理よ。自分に言い聞かせ、呼び出した電話帳を閉じる為にメニューボタンを押そうと指を上げた。が。
 ふぇくしゅっ。
 なぜだか唐突に出たくしゃみ。案外大きかったその衝動に、体も揺れた。
「……風邪、かも…?」
鼻を啜りながら呟く。悩みすぎて調子が崩れたのかしら、そんなふうに思いながら画面に視線を戻してみて、そして猫湖は驚愕した。

 発信してる

 なんで?と一瞬パニックに陥る。だがすぐに冷静になって悟った、くしゃみの拍子に指がずれて発信ボタンのほうを押してしまったのだ。どうして指を滑らせるだけにせず持ち上げてしまったのかと悔やんだが、まあどうかなるわけもない。今更こっちから切ってしまえばそれこそただの嫌がらせである。最後の望みに、どうか出ないで・と繰り返しながら恐る恐る耳をあてた。
 恐ろしいほどのんびりと聞こえるコール音。早く留守番サービスでも聞こえてきてくれないかな、そんな淡い期待はコールの途切れたぷつりという音と賑やかな声で掻き消された。

 『やっほ――猫ちゃんじゃねェの久しぶりだなー!』

 その瞬間。
 少し、少しだけだけど確かにほっとしている自分が、いました。


 『うっわマジで連絡くれたんだ、やべっすげー嬉しい』
嬉しそうにへへへと笑うその顔が目に浮かぶ気がする。
「…お久しぶり、です……かも。あの、お元気でしたか…?」
『え?俺?あー元気元気、今日も絶好調〜!んだよ猫ちゃん優しいなー』
「べ、別に…そんなことないです、かも……ごめんなさい、本当はもう少し早く連絡したかったのに」
『マジ!?俺いつでも良かったのになー…あ、いや、遊ぶのはちょっと時々ダメなんだけどさ、電話は全然オッケーだし!遠慮せずかけてくれりゃ良かったのによ』
「…電話、苦手で……、…メールアドレスもあったほうが、良いかも…」
『やだ。』
「は?」
『やだ。こないだは単に入れるの忘れただけだけど、今日電話もらって気ぃ変わった。』
「気が……?」
『俺猫ちゃんの声好きだ、かわいいもん。メールじゃ声聴こえねーから、だからヤだ』
「……」
子どもじゃあるまいしと呆れれば良いのか照れれば良いのか分からなかった。とりあえず体は自然に後者をとる。いやだなあどきどきする、何これ、そんな歯の浮くようなセリフよく言えますね、ああだけど私は多分いやきっと、そんなに厭な気はしてない。
 「…じゃあ、電話でいいです、かも……」
『おうっ!じゃ、猫ちゃん、いつヒマだ?』
「えっと……」


 カレンダーを見ながら電話の向こうと相談。
 緊張はしていても顔は少し微笑うことが出来た。

















 ピリリリリ。あまり馴染みの無い単調なコール音、だがそれは確かに自分の持っている機種の音で、すぐに気付いて鞄をロッカーから引っ張り出した。普段メールばかり受信する(周囲に長電話をしたがるような人種が居ないせいだ)自分の携帯電話が唐突に電話として機能し始めたことに首を傾げながら、脱ぎかけていたユニフォームの上着を左手に持ち、目的物を取り出す。明るく人工的な光を放つサブ画面。そこに出た名前を読んでみる、『ねここひのき』。
「――…、…あ!」
少し考えてすぐに思い出した。二週間ほど前に会った、水色ふわふわヘアの小さな女の子。せっかく出会えた可愛い子なんだから・と番号を教えて、浮かれていたのかメルアドは忘れてしまって、それから数日は少しだけ期待して待っていたけど「あんな奥手そうな子がナンパに乗ってくるわけねェよな」とすぐに諦めてしまっていた。まさか本当に電話がくるなんて。
 驚きだか感動だかでしばらく固まって携帯を見ていたら緋慈華汰が怪訝そうな面持ちでこちらを見た。
「一体何をしているんだい小饂飩君、出はしないのかね好い加減その軽率で騒々しく無機質で無遠慮な騒音を止めてはくれまいか」
「あ゛ーうるっせェな出るよ出ますよ!」
長ったらしい言葉を切るようにしてパチンと携帯を開き、そして通話ボタンを押す。「うるっせェ」に反応して何かまた言い出しそうだった緋慈華汰からぷいっと顔を背け(というか体ごとそっぽを向いて)、電話の向こうの音に耳を澄ませる。電話特有のかすかな雑音、そしてその中に確かに彼女の存在を感じた気がした。顔がほころぶ。
「やっほ――猫ちゃんじゃねェの久しぶりだなー!」
無意味に声が大きいのはご愛嬌。性格だし直しようがないと開き直り、喋る。
『…お久しぶり、です……かも』
目を丸くする。会った時も思ったことだが電話越しだと余計に強く感じた、…猫湖の声は細くて柔らかくて、可愛い。
 メルアドを伝え忘れていて良かった、と思った。彼女の性格からしてアドレスがあればきっと電話はせずにメールをしただろう。そうしたらこの声は聴けなかった。会話の流れで馬鹿正直にそのことを言ったら、彼女は少し沈黙したけれどその後の声にも険はなかったから失敗では無いと思う。

 喜々として話しているうちに話題は会う約束にまで広がった。彼女の言ってきた日を聞き取り、ぱっと部室の壁のカレンダーを見やる。来週日曜、やった、天は俺の味方だ。その日はちょうど部活の休息日。
 一ヶ月に一度程度しかないその日が彼女の都合の良い日と重なった、それだけで小饂飩はこの出会いに期待せずにはいられなかった。きっと神さまも祝福してくれてんだよ、うまくいかないはずがないだろ。
 喜びは声に。魁がものすごく不思議そうな(若干注意したそうな)顔をして見ていたが気にしない。意気揚々と快諾の意思を告げ、少し喋るとやっと切った。由太郎が目を丸くして寄って来る。
「んだぁうどん先輩。すげぇ嬉しそうだぞ」
「あーあー、まだガキのユタ坊には分かるめェ。ぃやったあ俺にも春が来た〜」
「また女子か小饂飩…。禁止しろとまでは言わぬが、もう少しその軟派というものを控えて」
「も――堅っ苦しいコト言うなってカイちゃん!カイちゃんももー少し思い切ってピーッにピーッしねーと、本気で高校生活彼女ゼロになっちまうぞ!せっかく女受けはいーんだからさぁ」
「いつものことだけどうどん先輩の“ぴーっ”てよく分かんねえな。にいちゃん分かるの?」
「…、…由太郎は知らずともよい……」
「……あほくさ…由太郎…お前今いくつ…。」
周囲の人々の反応は様々だったが結局みんな本気では気にしていないようで、小饂飩もそれを分かっていて思う存分はしゃいでいる。


 あと、一週間と少し。果たしてどんな一日になるのかは分からないが、きっと最高の一日だろうと思った。














                                           ---------------End.
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 なんていうか、もう少し普通な現代風のカップルを書きたいです…(ぇ)
 私が男女カップル書こうとするとどうしても一昔前の少女漫画みたいな純情カップルになるんですよもうそれこそ馬鹿みたいに純情で、えぇ(何)
 まぁ何はともあれ小猫第二弾です。調子に乗って続編です(乗りすぎ) 勇気を振り絞って連絡取る猫湖と素直にはしゃぎまくる小饂飩。だから誰だお前ら!(汗)
 個人的イメージで小猫は私が今までハマったカプの中で一番“今風の”二人です。普通になんとなく出会って、なんとなく一緒に居るようになって、いつの間にか好きになってる感じ。理由もどっちかっていうと最初なんか特に「可愛かったから」とか何気ない理由で。でも最終的にはすごい相手のこと大事にするんです〜特に男(小饂飩)のほう(笑)。銀魂の土神とかもあれはあれで独特だからなあ…ツバサの黒知も……弥珊もめっちゃ重いし…ポルノグラフィティとか普通に似合いますからねアレ。浜崎とか。小猫はオレンジレンジです(微妙)
 タイトル、例によって適当。「pretty」を、単純に「プリティ」と読むとすごいチープな響きになる気がしてちょい本物(の発音)っぽくひねってみました。ホント言うと私的には「プレディ」って聴こえるんですがそこまでいくともはや元ネタマジでわかんないんで取りやめ(笑)。


 デート本体の方は…気が向けば書くと思います、が、多分書きません(汗) だって書いてる本人があんまり知らないからねそういうこと(ぅわあ寒い) 次更新ではもうほとんどお付き合い状態なんじゃないかと…。。ていうかマジでシリーズ化しちゃったよ大丈夫かこれ!大丈夫か自分!!(ぇ